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物理学を学ぶ理由
理学療法士は、どうして物理学を勉強しなければならないのでしょうか?苦手な数学が出てくる前に、この素朴な疑問を解決しておきたいと思います。
今、あなたが見ている景色は、
現実
でしょうか?
そんな疑いの気持ちを少し持ちながら、次の問題を解いてみて下さい。
問題1
下図のうち、中心の円が大きい方はどちらか答えなさい。
左側の円の方が、大きく見えます。
でも、それは目の錯覚です。
正解は、左右
同じ大きさ
です。
視覚に入る刺激は、左右同じです。だから、円の大きさが等しく見えてよいはずですが、そうは見えません。
これは、私達の感覚、正確には、
私達の脳は、ありのままの現実を捉えることができない
ことを示しています。
この問題のポイントは、
現実
≠
認知している現実
だということ。
デカルトによれば、感覚を通して得たもの全てが、懐疑すべき存在だそうです。この講座は、初等物理学の理解が目的。さすがに、哲学の領域まで踏み込んだら大変です。
早速、次の錯視図に移ることにしましょう。
問題2
下図のうち、横線が長い方はどちらか答えなさい。
上の図形の方が、長く見えます。
でも、それは目の錯覚です。
有名な図形なので、上下同じ長さだと思われた方がいるかもしれません。
残念ながら、それも違います。
正解は、
下の図形
です。
少し意地悪だったかもしれませんが、この図形を知っていて間違えた方は、その知識に騙された。言い換えれば、脳が脳に騙されたわけです。
最初に知って頂きたいことは、
問題を解いている間、あなたは横線を見ていない
ということ。驚かれるかもしれませんが、そうなのです。
もう一度、問題2の図形を見て下さい。
ここで、横線を消してみます。
錯視の度合いは、横線の有無に関係がないことを体感できたでしょうか?
従って、問題を解いている間、あなたは横線を見ていないのです。
まだ納得のいかない方のために、生理学的な説明を補足しておきましょう。
情報を弁別できる有効視野は、非常に狭い範囲に限られています。また、眼球が動いている間は、網膜の像が乱れるため、大脳に情報を送ることができません。従って、視点の固定と跳躍を繰り返しながら、有効視野から得た断片的な情報を大脳に伝えているのです。コマ送りのように見えないのは、大脳が補正しているからです。
問題を解いている間、横線の長さを測るため、赤丸の範囲を行ったり来たりするように、あなたは視線を動かしています。
眼球が動いている間は、大脳に情報を送れません。ですから、隣の赤丸の範囲に視線を動かしたとき、その間にある横線の情報は一切伝わっていない。つまり、横線は見えていないのです。
さて、ここからが本題です。
私達は、ありのままの現実を見ることができません。従って、最大で脳の数だけ認知している現実があることになります。
アリストテレス曰く、人間はポリス的動物です。しかし、
各々が自分の認知している現実をありのままと現実と思い込んでいたら、意見がまとまることはありません
。
問題2で言えば、ある人は上の図形の方が長いといい、別の人は下の図形の方が長いという。さらに、同じ長さだと主張する人までいるわけです。まとめるだけなら、先輩の意見に従う、多数決で決めるなど色々な方法がありますが、どれも客観性に欠けています。
こんな場合、実際に横線の長さを測って下の図の方が長いとわければ、みんなが納得するでしょう。数学は、
最も説得力のある言語
です。なぜなら、次の性質を唯一併せ持っているからです。
■ 客観性
■ 論理性
■ 普遍性
ガリレイ以降、自然現象を数学で表現するようになってから、物理学は飛躍的な進歩を遂げました。その結果、今日の科学技術があるわけです。
しかし、理学療法士が学ぶ理由には、まだ足りません。この続きは、問題4までお待ち下さい。
ところで、脳が脳に騙された方がいらしたと思います。恐らく、直感的に判断をされたのではないでしょうか?
その直感的な判断と科学的な判断の違いを、次の問題で知って頂きましょう。
問題3
軽いものと重いものを持ち、同じ高さから同時に離す。どちらが地面に先に
着くか答えなさい。
2千年以上も昔、アリストテレスは、同じような実験を行いました。彼は、紙と石を持ち、同じ高さから同時に離して、こう結論付けたのです。
重いものは、軽いものより、速く落ちる。
今では、みんなが
物体の落ちる速さが変わらない
ことを知っています。
アリストテレスほどの天才が、どうして間違えたのか?
その理由が、この問題のポイントです。
アリストテレスが、直感的に結論を出すはずがありません。また、あなたが彼と同じ実験をしたとしても、やはり、石が地面に先に着くでしょう。
つまり、アリストテレスの意見には、論理性と客観性があるわけです。
では、何がいけなかったのか?
アリストテレスの意見に足りなかったもの。
それは、普遍性です。
アリストテレスは、実験の条件を色々変えても自分の意見が成り立つかどうか、もっと検討を重ねるべきでした。そうすれば、ガリレイに矛盾を突かれることはなかったはずです。
客観性と論理性、普遍性を全て検討しなければ、科学的な判断にはなりません。
物理学が表現方法に数学を選んだ理由は、ここにあるのです。
一方、直感や経験に基づく判断は、論理的に明快であっても、客観性や普遍性に欠けるため、間違える危険が高いと言えます。
アリストテレスの逸話は、その良い教訓と言えるでしょう。
問題4
循環器系の機能を答えなさい。
理学療法士の仕事は、言うまでもなく、機能の改善です。
機能には実体がないため、構造から取り出すことはできません。
例えば、循環器系の機能は、
血液を媒介として、栄養素や酸素、代謝産物を運ぶ
ことです。このとき、循環器系から、心臓を取り出せても、循環を取り出せないことは明らかです。
ここで、
構造=機能という錯覚
が生まれました。実体のある構造に、実体のない機能を強引に重ね合わせようとした結果です。
わかりやすい例は、構造さえ治れば、機能が元通りになるという幻想でしょう。良い姿勢を取れば、身体が良くなるという妄想も同様です。
実体のない機能を実証する方法は、言語です。
物理学の対象は、力やエネルギーなど実体のないもの。それを数学という言語で表現する。つまり、理科の中で、
機能を直接実証できる唯一の学問
です。
これに対して、化学や生物学は、物質や生物など、実体のあるものが対象です。だから、機能より、構造を重視する。化学なら原子構造、生物学なら細胞構造を教わって、機能の勉強はそれからです。
構造=機能ではない。でも、構造と機能は切り離せない。
従って、どちらかを学ぶのではなく、どちらも勉強することが望ましい。偏った知識は、錯覚や偏見を生み、科学的な判断を鈍らせます。
結果、患者様の人生を変えてしまうでしょう。
そう考えたとき、あなたが物理学を遠ざける理由は、どこにも見当たりません。
患者様に効果的な理学療法を提供するため、是非、当講座を活用して頂きたいと思います。